学会発表凍結乾燥によるウシ体細胞の保存とその応用
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一般的に哺乳動物の体細胞は、超低温冷凍庫あるいは液体窒素中に”生きたまま“保存される。しかしながら、凍結細胞の維持や輸送にはコストや手間がかかる、液体窒素の取り扱いには安全面で問題があるなど欠点が認められる。さらに家畜では、災害や病疫等の緊急事態に備えての分散保存が望まれており、新たな保存技術が求められている。凍結乾燥 (フリーズドライ) 保存は減圧下での昇華を通じて水分を除去し保存する方法で、食品、医薬品、酵母等の長期保存のために実用化されているが、これまでに哺乳動物体細胞への応用例は少ない。高知県には褐毛和種高知系という独自に改良した和牛品種が存在し、近年その飼養頭数はわずか1,800頭となっている。我々は、希少な褐毛和種高知系の遺伝資源保存のためにクローン技術を介した体細胞の保存および個体再生に凍結乾燥技術が適用できるのではないかと考えた。そこで本研究では、ウシ凍結乾燥線維芽細胞の特性を調査し、凍結乾燥細胞の核移植後の発生能の検討をおこなった。
ウシ線維芽細胞は褐毛和種高知系の新生子耳片から樹立した。細胞をm-EGTA (50 mM EGTA, 100 mM Tris HCl, pH 8.2) に浮遊させ、緩慢凍結あるいは液体窒素による急速凍結後、乾燥した。凍結乾燥前後の細胞の生存性、形態、およびDNA損傷はCalcein-AM染色、電子顕微鏡観察、およびアルカリコメットアッセイによって評価した。凍結乾燥後の細胞をウシ除核未受精卵に注入し、核移植後の発生能を検討した。
凍結乾燥後の細胞はすべて死細胞であった。凍結乾燥後のDNA損傷細胞の割合は、緩慢凍結のほうが急速凍結よりも有意に低い値となった (14% vs. 24%, P<0.05)。電子顕微鏡による観察では、凍結乾燥細胞の細胞膜は著しく損傷を受けていたが、核膜の損傷はほとんど認められなかった。核移植後の卵割率および胚盤胞期胚発生率はそれぞれ50%および10%であった。以上より、凍結乾燥後のウシ線維芽細胞は生存していないものの、DNA損傷は少なく核移植後の発生が認められ、凍結乾燥保存が哺乳動物体細胞の遺伝資源保存技術として応用できる可能性が示唆された。今後は、凍結乾燥体細胞の長期常温保存およびクローン技術による個体作出を目指す予定である。